いまや伝説となったDNA二重らせん発見の物語


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 1953年の春,アメリカの科学者ジェームス・D・ワトソンとイギリスの化学者フランシス・H・C・クリックが,イギリスのの科学誌「ネイチャー」にDNAの二重らせん構造についての短い論文を発表しました。
  彼らはここで,この分子の自己複製能力についてもふれています。ワトソンとクリックの2年間にわたるケンブリッジ大学での共同研究や,当時ロンドンのキングス・カレッジにいた モーリス・ウィルキンスやロザリンド・フランクリンとの交友が,この20世紀の偉大な科学的発見をもたらしたのです。ワトソンとクリックは,後に有名になったあの論文─ウィルキンスとフランクリンのX線結晶解析データをもとにDNAの分子モデルをつくりあげた─の最初にどちらの名前を書くか,コインを投げて決めたといいます。
ワトソン,クリック,ウィルキンスの3人は,DNA構造の発見で1962年にノーベル医学生理学賞を受賞しました。フランクリンは1957年に卵巣がんで亡くなっていたため,ノーベル賞は受賞しませんでした。